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ハードSF(という分類があるらしい)界で有名なJ.P.ホーガンの作品。表題の本と、「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」を合わせた3部作になっている。最初に読んだのはまだ学生の頃だったと思うのでかれこれ30年以上も前の本だ。

最近になって、ビッグコミックにも連載が始まって、「懐かしいー」と思いつつ読んでいたのだが、あれ?こんな話だったっけ?という違和感があり、30年ぶりに古い文庫を引っ張り出して読んで見た。

結論からいうとコミックの方は相当にストーリーをいじくっていたのだが、それはそれとして、原作(翻訳だが)の面白さに改めて感心した次第。

SFなので、重力工学とか遺伝子操作など、架空の設定はもちろんあるのだが、それらが緻密な論理の延長線上にあるため、荒唐無稽な感じがしないのだ。また、30年前というと携帯電話すら普及していなかった時代だが、古いSFにありがちな、執筆当時のインフラが顔を出して、未来を描いたSFのはずなのに古臭い、というような破綻もない。

そして何より、理性と科学の力がすべての困難を解決していくという痛快感、爽快感。ホーガンの他の作品にも見られる科学者礼賛思想というか科学技術によるユートピア思想が遺憾なく発揮されている。インディ・ジョーンズの爽快感の科学者版といっておこうか。

もちろん、見方を変えればこれらはインディジョーンズと同じで、お子様向けとか浅薄とか青臭いという印象にもなってしまうのだが、そういう世間ずれした大人になる前の若者や、あるいは、もう人生すべて見えてしまっていると思い込んでいるオトナにぜひ手にとってもらいたいと思える本でもある。

著者がどこまで意図して書いたのかはわからないが、地球に生まれた地球人としてのあるべき姿が描かれていて心地よい。

アラン・ムアヘッド著、篠田一士訳。青ナイルと対になっている本で、池澤夏樹が著書の中でたびたび褒めるので気になって読んでみた。

ときは19世紀後半、世界にはまだ知られざる地がたくさんあり、いわゆる『秘境への探検隊』が活躍した時代。

現代では地球上、ほぼどこに行ってもビールやコーラが飲めるし、GoogleEarthという想像を絶するアプリケーションによって地球のどこでもお茶の間から窺い知ることができるが、たった100年ちょっと前では、「ナイル川の水源は一体どこなのか」というのが地理学上の大問題だった。

この本は、バートン、スピーク、ベイカー夫妻、リヴィングストン、スタンレイ、そしてゴードン将軍という、それぞれアフリカ探検史上に名を残した人々の、ナイル水源にまつわる物語である。

当時のアフリカ大陸はその謎ゆえに暗黒大陸と呼ばれていたが、もちろん昔から多くの人々が住んでいた。彼らにとっては暗黒でもなんでもない、日常生活の場だったはずなのだが、決して楽園では無かった。なぜなら、トルコやエジプトなどの奴隷商人の格好の餌食になっていたからだ。

当時はまだ奴隷制度というのが違法とはされていなかった。また、名目上は違法ということになっていても、事実上は官僚が率先して奴隷の斡旋などを行っていたらしい。

どの探検家も、奴隷制度と向き合わずに探検を進めることなどできなかった。あるものは黙認し、あるものは厳しく対峙しながら、みな一様に重い鉛の玉を飲み込んで探検に向かっていったのだ。純粋な好奇心だけで、天真爛漫に探検できた人間などいなかった。

また、探検に成功してヨーロッパに帰国した彼らを待ち受けていたのも、決して歓迎だけではない。探検結果に疑義を抱いて声高に批判したり探検家のゴシップを探して回る人々は多く、また、探検家同士の妬みや嫉みなども半端ではなかったようだ。

それでも、彼らは一度ならずアフリカに向かうのだ。1週間や2週間の旅行では無い。数年間、アフリカで暮らしながら、文字通り生死をかけた探検だ。事実、探検の都度、多くの同行者が亡くなっている。もちろん、行くに当たっての表向きの理由はちゃんとあるのだが、どう考えても「断ろうと思えば断れる」のではないかというのが正直な感想だ。

彼らをそこまで惹きつけてやまなかったアフリカとは何だろうか?という問いかけがこの本の主題のような気がする。彼らがアフリカに行ったというよりは、アフリカが彼らを呼んだのだ。

かつてアラビアのロレンスが、アラブを嫌い、愛し、蔑み、尊敬し、自分の中のアラブを持て余してしまって、帰国してからも精神が母国になじまなかったのと同様のことがアフ
リカ探検家たちにも起きていたのではないだろうか。

ご存じ、白居易(白楽天)の有名な漢詩。

昔、学生だった頃、知人が、そのまた知人の中国のかたに岩波新書の長恨歌を読んでもらって録音した、という経緯のカセットテープを持っていた。読んだのは決してプロの声優ではなく、ごくごく一般の中国の人だったのだが、妙に響きが美しいので時々聴いては悦に入っていた。

もう長いこと忘れていてテープもなくしてしまったが、ふとしたことでyoutubeに長恨歌の朗読がいくつかUPされているのを知り、ちょっと聴いてみた。粵語(広東語)版だと、全く聞き覚えの無い詩になっていたが、國語唱のほうはなんとなく記憶が蘇ってくるようだった。

長恨歌というのは解説をするまでもないと思うが、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の愛の歌で、クライマックスは、天界に召された楊貴妃が現世の玄宗を訪ねてくるという最後の数行。

七月七日長生殿、夜半無人私語時
 (七月七日、長生殿で誰もいない夜に語り合った)
在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝
 (天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならんことを)
天長地久有時盡、此恨綿綿無絕期
 (天地は悠久といえどいつかは尽きる。しかしこの悲しみは綿々と絶えることはない)

・・・思わず涙を誘うシーンのはずなのだが、聴いてると、何か違う。なんだか明るい民謡を歌っているようにしか聞こえないのだ。多分語り手はそれなりに訓練を積んだ人で、「美しく謳う」ことに長けた人だと思うのだが、どうも技術に酔ってる感じがしないでもない。

ぼくの脳内で色々変換されて美化されている可能性は高いのだが、テープに残っていた、やや朴訥とした朗読のほうが心に迫るものがあったような気がする。こうなれば、知合いの中国のかたに頼んで一部だけでもお願いしてみようか。。。

受け売りをそのまま書くと、『構造人類学の探究の頂点、20世紀思想の金字塔。クロード・レヴィ=ストロースの主著『神話論理』全5巻(フランス語版原著全4巻)は、III 『食卓作法の起源』まで翻訳刊行が進みました。』

とあるので、とりあえず既刊の3巻分を借りてみた。

しかしとにかく、敷居が高いというか、ハードルが高い。

まずは物理的なハードルの高さから。

各巻それぞれ600ページくらいある大著のハードカバーで、電車の中で読むなんて無理。それぞれ、最近のノートPCよりも重い。価格もかなり高い。とりあえず買って、そのうち読もうというには、各巻8000円くらいするので、ちょっとためらわれる。

そして、何といっても内容のハードルが高い高い。

数百の神話を、極めて精緻に分析・分類することによって、思考のシニフィエとでもいうべきものを導き出していく過程が延々と続く。導出する過程で様々な対比軸や分類軸が提示されるが、どうしてそれらが対比軸に成りえるのかを理解するのが大変。

例えば、昼の太陽は、夜の天の川として表現され、夜の月は昼の虹として表現されるという。これはこれで、(昼間でも月は見えるじゃん・・・)などというツッコミを入れたくなるが、まだ直感的に理解可能な範囲。

しかしこれらを構造的に図示すると、天の川と虹が直行し、そのまわりをとりまく円周上に、太陽・月・星座が「1日の結合価」「月間の結合価」「年間の結合価」「季節の結合価」という説明を解して取り巻くような図が出てくるに至ってはさっぱりお手上げ。レヴィ・ストロースの考え方というか、脳内を理解しないと、多分、読めない。

「神話論理の森へ」という入門書があるようなので、やはりそちらから入って行こうか。。。

※ちなみに、この↑文章を書いていたのは2年ほど前(2009年)だったのだが、そのすぐ後、2009年10月30日に、レヴィ・ストロースは満100歳で亡くなった。また、2010年、第4巻(上下2冊)が刊行され、完結した。

年数回のペースで通い始めてから、もうかれこれ20年以上になるかもしれない。

万博公園の中にあるので、大阪に土地勘のある人はわかると思うが、「何かのついで」に行けるようなところではなく、「よっしゃ行くぞ」と気合をいれないとなかなか難しい。最近(とはいえ10年以上前だが)モノレールの駅もできたのだが、そこからも徒歩15分くらいかかる。

気候も良くて気持ちに余裕があるときは、途中の自然公園を楽しみつつ、妙にたくさんいるカラスが威張っているのを眺めたりしながら楽しく歩けるのだが、猛暑のときなどはちょっと厳しい。

しかし、そのくらいの苦労をかける価値は十分にあってお釣りがくる施設なのだ。今年(2011年)の3月にオセアニア展示がリニューアルされた後まだ訪れていなかったので、猛暑にもめげず行ってきた。

ハワイの生協の実物大展示などはどこかに行ってしまっていたが、全体にすっきりして見やすくなったという印象。フロアの床が巨大な太平洋地図になり、そこに立つと、目玉展示のチェチェメニ号(※1)が凛々しく見える。

展示品の中ではひときわ大きく人目を引くチェチェメニ号だが、全長は10メートル程度、幅は50センチくらいしかない。こんなカヌーが、足元に見える幅数千キロの太平洋を自在に航海していたことを考えると、それだけでちょっと感動してしまう。

たしか数年前にも『オセアニア大航海展』という企画展があり、これは同時期にオークランド(NZ)の国立博物館で開催されていた「Vaka Moana(※2) – The untold story of the world’s greatest exploration」という企画展示の日本語版だったのだが、そのときの『海の人類大移動』というキーワードをより明確に打ち出したような印象がある。

今年は、オセアニア展示のリニューアルとも絡めて、『夏のみんぱくフォーラム2011 どっぷりオセアニア』を開催中だ。7月から8月の週末に、フラやカヴァやマオリのイベントが続々開催されるらしい。できれば毎週でも通いたいくらいだが、そう都合よく出張を作れるものでもないので、ちょっと悲しい。

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※1:チェチェメニ号
ミクロネシアの片隅にサタワル島という小さな島があるのだが、21世紀の現代でも、GPSはもちろんのこと、羅針盤すら使わず、星や風や波を見て太平洋を航海する航海術(Star Navigationという)が伝えられている。ハワイの有名なホクレア号の航海士、マウ・ピアイルグもこの島の出身。チェチェメニ号は1975年、沖縄海洋博のためにサタワル島からStar Navigationで来日参加したアウトリガー・カヌー。その実物がみんぱくに展示されているのだ。

※2:Vaka Moana
直訳すると大洋のカヌー、というような意味。(たぶん、ほぼ全ポリネシアで共通の単語。)この年たまたまぼくはオークランドの国立博物館を訪れており、2か国でVaka Moanaを見た、という、つまらない自慢(笑)

数年前に気が付いたことがあるのだが、どうやらぼくは「木漏れ陽(こもれび)」というのが好きなようだ。なんかいいな、とか、ちょっと好き、という感じではなくて、いい感じの木漏れ陽さえあれば、「もう人生これでいいや(笑)」というほど幸福感でつつまれてしまう。ぼくの脳はなんて単純な仕組みなんだろう・・・

毎朝、茅場町で電車を降りると阪本町公園という小さな公園で一服し、その後おもむろにさくら通りに面した事務所に出勤、というのが日々の行動パターンなのだが、この坂本町公園もさくら通りも、じつに木漏れ陽が綺麗なのだ。

もちろん、気持ちよく晴れた日というのはそうそう毎日は続かないわけで、1年の3分の1くらいは、幸福な気分につつまれて出勤し、残りの日はちょっと残念な気分で仕事を始めるということになる。(冬の間は桜は葉を落としてしまって木漏れ陽にはならないのだが、そのかわり、澄んだ青空がとても高いところに広がることが多く、それはそれで好ましい。)

というわけで、もしも私にお願いごとをしたいかたがいれば、東京都中央区あたりが気持ちよく晴れた日の朝、ご連絡をいただけると大変に機嫌よく引き受けさせていただきます。(^^)

さくら通りの風景 坂本町公園の朝
さくら通りの風景 坂本町公園の朝

(私には)難解だった「神話論理」に、ガイドブックとしての本書があることを知り、さっそく読んでみた。

7人くらいの「有識者」の人たちが、それぞれの立場で、レヴィ・ストロースについて色々と語っている。

しかし、ガイドブックとして、「ほほぅ、そういうことだったのか」という思いで読めたのは、中沢新一による解説だけであった。この解説は非常に明晰で、神話論理の中でハードルが高いなと感じられていた様々な定式化が、この解説で一気にわかりやすくなる。そうか、群論の考え方だったのか、など。

ところが、他の人たちの解説?は、神話論理と正面から向き合ったものは1つもない。せいぜい「感想文」といえる程度のものばかりで、大半は、レヴィストロースではなく、自分のフィールドでいろんな話を語っているだけ。それらを読んだからといって「神話論理」が読みやすくなるわけでは全くない。

渡辺公三(多分、大物?)によるレヴィストロースへのインタビュー記事もあるが、読んでいてちょっと痛々しくなるような記述。頑迷で自説を曲げない「痛い」学生が、必死で先生に食い下がっては「それは違うよ」と何度もあしらわれているような感じ。

あの池澤夏樹も解説を寄せているというので期待して読んだのだが、彼に至っては、実は神話論理をほとんど読まずに書いたのではないかと思ってしまうほど。「結局はデカルトを受け入れるかどうかだ」というのは、あまりにも飛躍しすぎではなかろうか。「一を聞いて十を知る」というと格好いいが、「一しか聞いてないのに、十も二十も語っているのではないか」という疑いが濃厚。

とにかく、『神話論理』に真面目に取り組もうと思っているのであれば、中沢新一の記事以外は読んでもムダ。「レヴィストロース」の熱心なファンで、「レヴィストロースに関することなら何でも知りたい」という人にとっては
満足度7割くらいというのが、本書を読んでの感想。

ニッタカ(日本橋高島屋)と日本橋三越、上野の国立科学博物館の共通点は何か?

答はアンモナイト。それぞれ豪奢な大理石を建材として用いているため、大理石の中に埋め込まれたアンモナイトやベレムナイトの化石を見ることができるのだ。

(1)国立科学博物館
・・・博物館なので、わざわざ建材の中にアンモナイトを探さなくても、立派な展示品としてのアンモナイトを飽きるほど見ることができる。しかも日本館と地球館それぞれで、別の視点で展示しているという念の入れようだが、それはそれとして、下記が現物。日本館の階段の壁面にもあるようだが、写真の中央ホール2Fのものが一番わかりやすいようだ。

(2)日本橋三越
ここの化石は有名なので、店員に尋ねる人が多いのか、とうとう立派な展示品になってしまった(笑)。

(3)高島屋日本橋店
ここの化石も有名なのかな?貼り紙つき。

(4)東京メトロ三越前駅のB1通路
実はここの通路の埋蔵量や保存状態が圧巻。上記3か所全部足してもここにはかなわない。大理石に埋もれているアンモナイトを最初に偶然見つけたのは、関西に住んでいた時に難波のOCATでのことで、あそこのアンモナイトも見事なものが多かったが、数ではこちらの勝ちかも。

意外と知名度の低い施設なのだが、ぼくのお気に入り図書館の1つ。東京駅に隣接した第2鉄鋼ビルという古いビルがあるのだが、その地下1階にある。(財)日本交通公社(JTBの親会社)の運営。

目立つ看板もないし、地下1階に入るには無愛想な鋼鉄の扉を開けないといけないので、普通に考えれば来る人を拒んでいるようにも思えるのだが、いったん足を踏み入れるとそこは楽園(笑)。

国内・海外のガイドブックや地図・紀行文などだけで3万冊以上の蔵書があるのだ。パンフレット類もたくさんあり、国や地域別に箱に入れられている。メジャーな国に旅行するにはわざわざここに足を運ぶ必要はないかもしれないが、あまり旅行者が多くなさそうな、キリバスとかトケラウとかビトケアン諸島とか(例が太平洋に偏っているかもしれない(笑))に行こうとする人には、とにかく、今の日本で入手できる情報が全部あるといっても過言ではない。

それに、旅行好きに加えて、飛行機好きの人にもこたえられないのは、国内外、数十種類の機内誌がここで読めること。機内誌というのは、基本、退屈しのぎのための雑誌ではあるのだが、時々、機内誌にしか掲載されないような面白い記事もあってなかなか捨てたものでは無い。また、値段が高くて個人で購入するにはかなりの勇気が必要なOAGの航空時刻表も完備しているので、複数の航空会社にまたがって小さな国々を巡るようなフライトプランを立てることもできる。

また、鉄分が多い人、特に乗り鉄や時刻表鉄にとっても垂涎の場所。歴史的にもなんと明治5年の時刻表から置いてあるらしい。
機内誌とかOAGの時刻表たち
データ:
開館時間:月曜~金曜の10:00~17:30
休館日:土日祝及び年末年始と棚卸期間
URL:http://www.jtb.or.jp/library/

以前、アメリカ西海岸からハワイに行った時の出来事。

時期はちょうどハロウィーン(10月31日)の前後で、ロサンゼルスはお祭りムード。そして、アメリカへの旅行者にとってハロウィーンと並んで重要なのは10月の最終日曜日をもって夏時間が終わることなのだ。

なぜ重要か?普通に滞在しているだけならば、夏時間終了とともに時計を(現地時刻に合わせているのであれば)1時間戻すだけの話。

ところが標準時をまたがって移動するような旅行者にとっては、元々書かれていた飛行機の出発・到着時刻というのが夏時間終了とともに変わるのか、あるいは自分の時計のほうを戻しておけば夏時間とか関係なしに、書かれた時刻どおりに読めばいいのか、ちょっとよくわからない。(未だによくわかっていない)

まあ、そんな状況の中でロサンゼルスからホノルルに移動。そのときはカウアイ島で1泊することにしており、カウアイ島で迎えた夏時間終了。根が周到な私なので(そう思っているのは私だけかもしれないが)、時計はきっちり1時間遅らせた。

翌日は再度ホノルルに向かう予定で、ホテルからカウアイ島のリフエ空港に向かうタクシーの中での会話。

運転手:「飛行機は何時?」
私:「午後2時だよ」
運転手:「はぁ?もう2時やで」
私:「何言ってるの。昨日でサマータイムが終わったやんか。そやから今は1時。ほれ」(と腕時計を示す)
運転手:「サマー・・・タイム??何それ?」
私:「は?サマータイムいうたら、夏の間だけ時計を進める例のアレやんか」
運転手」「あー、あれか、Daylight Saving Timeのことね!」
私:「(daylight・・・??そう言うのか?)そうそう、その事!」
運転手:「そやけどハワイにはそんなもんあれへんで」
私:「えっっっ???」

そう、ハワイは立派にアメリカの州でありながら、夏時間制度はなかったのだ。おまけにサマータイムというのは和製英語だったというのもこのとき初めて知った。そして当然、飛行機には乗り遅れ。カウンターでしどろもどろの言い訳をしていたところ、アロハ航空(当時)の優しい係員は、「OK、わかった、次の便に乗せてあげるよ」とのこと。何て素晴らしいサービス・・・

とにかく、カラダで覚えた英語。Daylight Saving Time。

※アロハ航空は2008年に破産。

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