みさきめぐりのとしょかんバス

表題は岩崎書店の「としょかんバスシリーズ」の絵本の名前。舞台は北海道の根室市立図書館。としょかんバス「あすなろ号」も実在のバス。このシリーズでは他にも北海道標茶(しべちゃ)を舞台にした「大草原のとしょかんバス」とかもあるようだ。作画は絵本作家の梅田俊作氏だが、作者の松永伊知子さんは根室市の図書館司書。

変な話だが、絵本を知らなくても、あるいは読まなくても、このタイトルだけで優しい想像を掻き立てられないだろうか。人の持つ優しい部分だけが詰まった本のような・・・
実際手にして読んでみると想像どおり、『やさしいきもちに ひたりながら、あすなろ号は としょかんへ かえります。』と書かれているよう、仄かな温かみが伝わってくる本だった。

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というわけで?この絵本に触発されただけではないのだが、根室市立図書館と、(あすなろ号の目的地でもある)納沙布岬を訪れてみた。図書館ではたまたまちょうどあすなろ号が出発準備を整えていたところだったし、作中の「岬の少し手前の小学校」、現在廃校になっている珸瑤瑁(ごようまい)小学校跡も車窓から見ることができた。

9月下旬だったので、どこに行ってもナナカマドが美しい実をつけていたが、もっと気になったのが大きな蕗(フキ)の葉。中標津空港から根室市街に向かう国道沿いのみならず、ありとあらゆる道路沿いに蕗が育っている。

絵本の表紙でも(下図)本を手に嬉しそうに笑っている子供たちの中に大きな蕗の葉を傘にしている子供もいる。蕗の傘といえばコロボックル(アイヌの伝承に登場してくる小人)。ハワイの伝説の小人メネフネと同様、とっても有能だがとってもシャイな人たち。コロボックルの正体については諸説あるようだが、和人よりも昔から北海道に土着していた人たちであるのは間違いないのだろう。

根室といえばもちろん漁業の町で花咲ガニの産地としても有名だ。あるいは北方領土と隣接した望郷の地というか。絵本の中では、司書のクマおじさんとみっちゃんがバスで色んな人たちと出会っていくのだが、クマおじさんは国後島の出身、『根室もいいけど、島はもっといいぞ。でっかいカニやホタテはわんさかとれるし、けしきもよくって おんせんもでるし』とも語っている。

たった数日訪れただけで何がわかると言われそうだが、ぼくの印象としては、「根室市」は結構整備された都市で、漁業の町なんだろうけども、「根室という土地」は、大湿原や大牧場や原野が広がる雄大な美しい土地、というものだった。

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実は前後して読んだ本に「一九四五 占守(しゅむしゅ)島の真実:少年戦車兵が見た最後の戦場」(相原秀起 著)という、太平洋戦争で日本が無条件降伏をした『後で』攻め込んで来たソ連軍と戦った日本軍の記録がある。占守島というのは、北方四島よりも遥か北、カムチャッカ半島と向い合せになっている北千島の北端の島のこと。

戦史としての内容は省略するが、北緯50度という極寒の地の、夏の風景の素晴らしさが何度も「天国」として描写されているのが気に留まった。短い夏の間に、可憐な高山植物が一斉に咲き誇る美しさ。実は根室でも短い夏の間に色んな花が一斉に開くようで、9月下旬というのに満開のアジサイや、タンポポなども目にすることができた。北千島はもちろんのこと、国後島も、そして根室も、本来「とても素晴らしい景色」の場所だったのだろうと想像が膨らむ。(もちろん冬の厳しさは半端ではないのだろうが)

完全にぼくの持論で、根拠を問われると困るのだが、ぼくは『人の心の優しさは、住んでいる場所の美しさに比例する』と信じている(笑)。住んでいる場所がすさんだ風景だと、心もすさんでいく気がしてならない。

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ついでに書くと、ぼくの脳内では北海道の歴史は以下のような階層でできている(^^)。

・美しい風景と共存していて、社会組織も大きくなかったコロボックルの時代
・社会組織が大きくなってきたとはいえ、それでも風景と共存していたアイヌ大首長の時代
・和人がアイヌ社会の中で共存していた時代(アイヌ > 和人)
・和人が「開拓」を始めて、アイヌを迫害した時代(和人 > アイヌ)
・アイヌの主権が無くなり、日本人が日本の土地とした時代
・日本がソ連/ロシアと争って戦争や国境紛争を起こしている時代、現代。

・・・こう考えてみると、北方四島のみならず、千島や樺太は本来誰のもの?という気がしないでもない。