新型コロナについて思うこと(ミクロ編)

(今日は2020年3月28日)
新型コロナウイルスについて連日膨大な量のニュースや情報が流れ込んでくる。単なる情報だけでなく、「要請」に類するものもたくさんある。しかし、どの情報も要請も「隔靴掻痒」という言葉が浮かんでくるくらい、あまりにも迂遠で間接的な気がするのだ。そこで、自分自身がどうやって身を守るかというミクロな観点で整理してみた。

【わかっていることの整理】
世界中の研究者がよってたかって研究している状態で「まだまだ未知のことが多い」と言われている。しかし、「既知のこと」も結構あるのではなかろうか?

1)発症するのはウイルス性呼吸器感染症だということ。
 要するに「呼吸器」の病気であって、呼吸器にウイルスが入り込んでこなければ何も起きない。直接的には「鼻と口、そして(確率は低いが)目」を守ってさえいれば絶対に感染しない。皮膚感染や媒介物感染するようなものではないのだ。

2)もはや日本中にウイルスが広がっているということ
  経路不明の感染者は日々増加しているし、経路が明らかな人でも、その人が「どこでウイルスを拡散させたか」を100%トレースするなんて不可能だと思う。要するに、「あらゆる場所にウイルスがいても不思議では無い」「自分自身も含めて任意の人が感染していても不思議は無い」という大前提を持つべきだと思う。

3)ウイルスは熱に弱い。
  70℃以上に熱してやれば死滅する。加熱調理された食品であれば感染リスクは無い。ついでに食器も熱湯消毒してくれていれば外食で熱々の料理を食べるのはとても安全ともいえる。

4)ウイルスは紫外線に弱い。
  天気の良い日にあまり人がいない屋外を散歩していて感染する確率はとても低いということだ。あと、食品スーパーなどで生鮮食料品の「消毒」をするのだったら、UV照射をすればいいということなのではないだろうか?(その結果、食品が傷みやすくなるかどうかは知らないが・・・)

5)飛沫感染と空気感染(ここポイント)
  厚労省が2月くらいに早々に発表したのが「飛沫感染はするが、空気感染はしない(しにくい)」という情報だ。ただ、これはそのままでは意味がわからない。空気感染というのは「飛沫核感染」と同義だとわかったが、これだけでもまだわからない。調べると、日本では用語が定義されていて、飛沫というのは5μm(ミクロン)より大きなもの。飛沫核というのはそれ未満のものということになっている。ちなみにウイルス本体の大きさは0.1~0.2ミクロン程度。

・・・たったこれだけのことでも気づくことはある。「常識で考えて」『5.1ミクロンだと感染するけど、4.9ミクロンだと感染しない』などという馬鹿なことは無いだろう。

要するに、飛沫の粒子(以下、粒子と書く)が小さければ小さいほど(言い換えれば、乾燥していればしているほど)感染力は弱く、粒子が大きいほど感染力が高いと読み替えるべきということだ。

考えてみれば粒子が大きければその中に含まれるウイルスの数も必然的に多くなるわけだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが・・・

6)マスク
一般的な不織布の使い捨てマスクのフィルターは「5ミクロン」までの粒子を予防できることになっている。PM2.5(2.5というのは2.5ミクロンということだ)対応のマスクであればもう少し小さな粒子も防ぐことができる。

マスク不要論者(「非感染者」にマスクは不要という人)は「ウイルスの大きさに比べて5ミクロンという隙間が巨大すぎる」とか、「マスクと皮膚の隙間からいくらでも流れ込んでくる」というが、少なくとも「正面からやってくる5ミクロン以上の飛沫、すなわち感染力の高い飛沫から鼻と口を守る」ためにはきわめて有効なのではないだろうか?(まあ、顔の真横でくしゃみとかされればどうしようもないだろうけど)

それにそもそも「自分も不顕性感染者かもしれない」という疑いから誰も逃れられない以上、「感染防止」の観点からも、人混みでマスクをするのは「必須」と言ってよいのではないだろうか・・??

もちろん、「マスクで100%安全」なんてことも無いということは肝に銘じておくべきだとは思うが、闇雲に「外出を控える」ことに比べればはるかに直接的な予防効果はあると思う。

7)本当にすべきことは・・
以上のことからだけでも、3密がどうこうというような迂遠な行動制限ではなく、

「無闇に何でも口に入れない(唇も舐めない)」
「指先で鼻の穴の周りをこすったり、目をこすったりしない」
「人がいる場所では必ずマスクを着用する」

・・・たったこれだけのことを習慣づけるだけで、「感染者が人口の0.0001%もいる(笑)隣県に出かけない」というような阿呆らしい自粛要請に右往左往させられることは無いと思う。

——–変だと思う情報を思いつくままに——
A)手洗いうがいの励行
 もちろん、しないよりしたほうが多少は良いのかもしれないが、「1日じゅう」手を洗ったりうがいをし続けていない限り無意味なのではなかろうか?

手を洗っていなくても、手で目・鼻・口に触れていなければ問題無い。「外から帰って、うがいでウイルスを洗い流す」ということは、すでに気管支にウイルスが入り込んだ後ということだ。手遅れだろう。

B)マスク不要論
「マスクに予防効果は無い」という人であっても(私自身は上に書いたよう、一定の予防効果もあると思っているが)、だからといって「マスクをしない」という選択はあり得ないだろう。感染防止という効果も一定以上あるのだから。

マスク不足のご時世なので、「健康そうに見える人が着用するマスクがあるくらいだったら医療従事者に回すべき」という人もいるが、そういう問題では絶対に無いはずだ。医療従事者だけがマスクをしていれば、市中感染を放置して良いというものではないだろう。

マスクが不足しているのであれば、どんどん性能が劣化していっても、不織布マスクを消毒して再利用するほうが、新品のガーゼマスクを使うよりもマシなのではないだろうか?誰かこのあたりのデータを持っていないものか・・・

C)エアロゾル感染
いっとき注目を集めたニュース。まるでコロナウイルスが空気感染するものであるかのごとく報道されていた。しかし、エアロゾルというのは粒子の大きさについての定義が無いのだ。気体と液体の中間の状態をゾルと呼ぶが、それだけだと、水分子よりもちょっと大きい1nm(ナノメートル)から、花粉級の100ミクロンまで全て「エアロゾル」と呼んでいいことになる。こんなエアロゾルで「感染する」と言われても「そりゃそうでしょう」としか言えないのでは・・?しかも発表されていた実験は完全密室の小さな箱の中の出来事なので、「実験のための実験」としか思えない・・・

D)一斉休校(2月下旬の出来事)
安倍首相の言葉は「休業要請」だったはずだ。(何度もTVで確認した)。ところがマスコミはまるで首相が言い間違えたのをかばって忖度したかのように「休校要請」に言い換えて報道し続け、そのうち「休校」が既成事実になってしまった。

しかし、休業と休校は根本的に違うはずだ。休業というのは「授業をしない」というだけのことで、教師は出勤し、(やりかたは色々だろうが)生徒に対して通信教育を行うとか、通常以上に忙しくなることだ。一方、休校というのは教師も生徒も休み。

政府の要請で突然春休みが早まったかのように終業式や卒業式を繰り上げて、悲しそうな顔をしながら突然の休暇を満喫していた教師がいっぱいいたのではないか???

E)博物館や図書館までなぜ閉館するのか
「3密」自体も馬鹿馬鹿しい要請とは思っているが、その3密の条件すら満たさないような静かな博物館や図書館までが何故延々と休館を続けるのか?
博物館や図書館に比べれば満員電車のほうが数百倍も危険だろう。

これなども、休業を休校と読み替えて便乗休暇した教師たちと同じで、「せっかくの自粛要請という大義名分なんだから、臨時有給!」と喜んだ職員がいっぱいいるような気がする。入場者ゼロでも収入が変わらないからこそできるサボリだ。いっそ彼らの給与を、施設の利用数と連動させてしまえば少しは意識も変わるのではないか??

ちなみに、東京都中央区の区立図書館は休業していない。国会図書館や都立図書館はじめ、隣接区の図書館は軒並み入館制限して職員が休みまくっている中で。中央区立図書館でもいちおう「座席の利用は不可」とはなっているが、いつもどおりに入館できて自由に本を選べるし閲覧もできる。中央区民は、意識の高い図書館を誇って良いと思う。