新型コロナについて思うこと(マクロ編)

今度は自分自身についてではなく、日本全体について妄想を広げてみた。

前提にしているファクトは次のようなもの

1)コロナウイルスの感染力はインフルエンザウイルスと同程度
2)一度感染しても免疫ができず、回復後でも何度も感染する
3)感染後の致死率は1%程度
  →報道されている致死率は日本では4%弱だが、何しろ、検査されていない不顕性感染者も膨大な数だろうから、1%程度としておく。
4)ワクチンも特効薬もいずれは開発されるか再発見されるだろうが、未定

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■長期戦は必至
「インフルエンザ並みに感染し」「なんどでも感染する」ということからすれば、短期間で完全撲滅できるようなものでないのは明らかだ。山中先生がブログに書いておられるとおり、「長期戦を見越した構え、長い付き合い」が必要になるのは間違いない。

中国が「ウイルスとの戦いに勝利した」と誇っているようだが、「勝利」の定義については精査が必要だと思う。中国国内でウイルスが消滅したわけではないのだから。むしろ、「一度勝利したからには新規感染者は存在を認めない」という恐ろしい世界になっていなければいいがと心配になってくるくらいだ。

■何を勝利とするのか
勝利の状態というのは、当たり前だが、「人々が安定した日常生活を送ることができる」状態ということだ。

インフルエンザのタミフルのような特効薬が開発されて、死亡率が大幅に小さくなれば人々はかなり安心して感染することができるわけだが、それは医療や医科学の外野にいる私のような素人にとってはあまりにも他力本願な、単なる楽観的な願望だ。

なので、最悪のケースとして「いつまでたっても特効薬もワクチンも開発されない」状態で「安定した日常生活を送る」というのはどういうことなのか、を考えてみる。

■最悪のケースの想定
昔、プロジェクトマネジメントを専門にやっていた頃に刷り込まれたのが「計画は悲観的に、実行は楽観的に」というポリシーだ。特に障害が発生したときなどは「最悪のケース」を想定して動くと、不思議と最悪にまでは至らない。ところが「すぐに直る。ダイジョウブダイジョウブ」などと楽観的に構えていると、事態はどんどんと「想定外」の方向へと進んでいき、取り返しのつかないような地点まで落下していく。

そういう観点で国や都からの要請を眺めてみると、一見厳しそうに見えて「楽観的すぎるのでは?」と思えて仕方が無いのだ。最たるものは「今週の週末は外出を控えて!」というようなものだ。なんだか、「今週の週末さえじっとしていれば事態はうまくいってロックダウンも招かない」と言っているようにも聞こえるのだが。

オリンピックの「1年延期」なんかも政治的・経済的な妥協の産物としか思えない。もちろん、「何も決断できないリーダー」よりも、「何かはっきりしたことを言ってくれるリーダー」のほうが希望を託せるのかもしれないが、それにしても今の時点では説得力がまったく無い。「1年後にはコロナは収束or終息してるに決まってるから」という楽観的予想を大前提とした博打ではないのだろうか・・???

そんな博打ではなく、「最悪のシナリオでもこれこれなので開催は可能」というのでなければ本当の説得力とは言えないはず。

■最悪のケースとは
完全に素人の計算なので、1つの思い付きくらいの数字ではあるが、「インフルエンザと同様に毎年1000万人が感染し、特効薬が無いので毎年10万人(1%)が死亡する状態がずっと続く」というのが最悪のケースではないだろうか。

そんな状態になると、まず問題になるのは医療のキャパシティだ。日本全国で受入可能なベッド数はたかだか数千、人工呼吸器の空き数も1万強程度らしい。万単位での重症者をカバーできるわけがない。

だとすると、補正予算で何をすべきかは明確だ。たとえ無駄になる可能性があっても、医療器具と医療施設を大急ぎで増やすべきではないのか。ついでにいえばマスクも。

マスクの増産は経産省から全国の関連企業に呼びかけているらしいが、人工呼吸器など、喫緊の需要がありそうな医療機器の増産も急務だ。経営不振の病院を国有化して感染症専門病院に仕立て上げるくらいの緊急措置が取れないものか。

■ニューディール政策を
マスコミはセンセーショナルな話題が大好きなので、全国各地で「コロナ被害」に遭っている企業を毎日事細かに報じてくれる。

実態がどの程度なのかはよくわからないが、契約を切られた非正規職員やアルバイト要員が急増しているのは間違いなさそうだ。失業率も確実にUPするということなので、正社員が職を失ったり勤務先を失ったりしているケースも多いのだろう。

「しかし」景気次第で職を失うということは、景気次第で職を得ることもできるということだ。なので一生を悲観することはない。景気が回復するまでの間、マスクの増産や医療機器の増産、より一層ケアの必要な高齢者の介護という「突然生じた求職」に応じてもらうことはできないのだろうか?

とにかく、毎年10万人の重症患者を収容・治療できる施設と設備があれば、安心とはいえないものの、医療崩壊は免れるのではなかろうか・・・

■自粛の無意味さ
あくまでも個人的な見解だが、「3密を避けよう」みたいな施策は本当に馬鹿馬鹿しいと思う。

たとえが適当ではないかもしれないが、飲酒運転による交通事故が急増している対策に「交通信号を守りましょう」と言っているような感じがする。

もちろん、信号は守るに越したことは無いという意味で、3密も避けるに越したことは無いとは思うが、直接的な対策になっていないのは明らかではなかろうか?

しかも、特効薬がまだ開発されず、経路不明の感染者が急増している現状で「4月12日まで」みたいな期限をつけることにいったい何の根拠があるのか・・・

今の状況だと、自粛を止めた瞬間に感染拡大し、また自粛を始めるという、バカバカしい無限ループで経済の大混乱が継続する未来しか見えない・・・

「マクロな話」なので、どうしても他力本願な話になってしまうが、年間10万人が死亡することを大前提とした積極的な政策を是非望みたい。。