誰か最悪のケースを想定しているのか

今日、緊急事態宣言がまた延長され、首相とか尾見さんの記者会見をやっていた。

首相が目先の事しか喋らないのは今に始まったことではないので適当に聞き流していたが、尾見さんが出口戦略について語っているのが気になった。(これまでのように感染者数ではなく)「医療の逼迫度合いで判断」ということらしい。

しかし、それを出口と言っていいのか?「規制を少し緩める指標」には違いないが、それは出口とは言わないのではないだろうか?

言葉のアヤの問題では無いし、揚げ足を取りたいわけでもない。本当の「出口」を考えている人がいないんじゃないかと、一瞬恐ろしくなったのだ。


日本には四季がある。暑い夏が続いてもやがて涼しくなり寒い冬が来る。そして冬が明ければ暖かい春になる。先祖代々四季の変化の中で暮らして来たぼくたちには、苦境もいつかは脱することができるという意味での「明けない夜は無い」「やまない雨は無い」という言葉がとても刺さりやすい。

もしかすると、「コロナだっていつかは終わる」と全員が信じ込んでいるのではないだろうか?

コロナの撲滅はできなくても、「ワクチンなどで全員がそれなりに抗体を持ち」「重症者にもそれなりに有効な治療薬が普及して」「インフルエンザと同じような扱いになれば」それが「終わりのかたち」として暗黙の了解になっている気がする。

・・でも、そうならなかったら?

デルタやラムダだけでなく、次々とタチの悪い変異種が発生し、既存の抗体や治療薬が無意味になったら?

もちろん、ぼくたちは不断の努力で「次のワクチン」「次の治療薬」を考え続けるだろう。
しかし、それが1回や2回ならともかく、10回も20回も続いたらどうなるか?資金だって枯渇する。

・・・答は『感染源を断つ』しかない。
感染者を徹底的に封じ込めて、二次三次感染を遮断するしかないのではないか。

そして、その方法に唯一成功しているように見える国が中国だ。
私権の制限など意に介さず、感染の疑いがあれば徹底的に封じ込める。

今のぼくたちは「そこまでしなくてももっと穏便に解決できるはずだ」と信じている。しかし、現在累計で1万5千人くらいの死亡者が、医療崩壊によって数十倍になったとしても同じ気持ちでいられるだろうか?


人々は「身を守るため」、さらに言えば「死なないために」自然と強い政策、強いリーダーを求めてしまうのではないだろうか?

私権が制限されてもいいから、感染対策ルールの違反者を厳罰をもって取り締まることができるような国を。また、感染者を徹底的にいぶり出すことができるような国を。

要するに、専制国家を人々が望むようになるのではないだろうか?

そして、外からの力。

アフガン撤退でアメリカはもはや「世界の警察」として機能しなくなったということを露呈し始めた。

中国以外のすべての国家がコロナで弱体化しているという好機を中国が優しく見過ごすだろうか?

いま、日本が(中国では無くても)外から攻撃されてマトモに戦えるとは到底思えない。そんな外憂に対応するためにも「有事に備えることができる強い国家が必要」と考える政治家がいくらでも出て来るのではないか?

人々が望み、政府が目論んで「専制国家」が誕生する。ヒトラーのドイツ第三帝国の誕生と何ら変わりない。

最悪の出口だし、今大きな声でこんなことを言っても「誇大妄想」と一蹴されて終わりだろうが、こういう最悪のケースを想定して動いている政治家が一人もいない、とは信じたくない・・・。