ケネス・ブラウアー 「サタワル島へ、星の歌」

この本も何度となく読み返している本の1つ。「かくもちっぽけなヤップ」「島への回帰」、そして書名にもなっている「サタワル島へ、星の歌」の3編で構成されているが、ここで書くのは表題の話について。

サイパン島での、リノ・オロパイという、伝統航法を持つ一族の末裔へのインタビューを軸にして、スター・ナヴィゲイション(星や風、波のうねりを読んで太平洋を自在に航海する航海術)についての無数のエピソードを紹介している。

ぼく自身、ハワイの神話と伝説というサイトを運営していたりする事情もあって、太平洋各地の神話には少し詳しいつもりなのだが、神話というのは魅力的ではあるものの、どうしても、現代人のぼくたちからすると「絵空事」という印象をぬぐえない。

しかし、この本の主役ともいえるサタワル島やプルワット環礁の人々の暮らしや考え方は、まさに神話と現実をつなぐ鍵ともいえるのだ。

太平洋の雑な地図だと、サタワル島もプルワット環礁も見つけられないかもしれない。それぞれ、中央カロリン諸島に位置しており、行政区分でいうと、サタワル島はヤップの東端、プルワットはチュークの西端にあって、どうみても外界とは隔絶している。ところが、プルワットの男たちは20世紀の今でも、「ちょっとタバコを買いに(彼らは喫煙者らしい!)」千キロ離れたヤップ本島やグアム、サイパンまでカヌーで漕ぎ出していくらしいのだ。

1976年、ハワイアンルネッサンスの象徴的出来事ともいえる、ホクレア号での「ハワイ-タヒチ4千キロのスターナヴィゲイション」航路の復活にあたって、太平洋中から伝統航法のできる航海士が探し求められ、やっと見つかったのがサタワル島のマウ・ピアイルグだった。ピアイルグは見事に、それまで一度も行ったことのないタヒチに船を導いたのだが、彼の伝統航法の手法は乗組員たちからは迷信扱いされ、怒ったピアイルグはタヒチに着くなり「もう帰る」と、さっさと飛行機で帰ってしまったという。

サタワルでもプルワットでも、伝統航法は口承で伝えられる一族の秘儀ともいえるもののようで、航海士になれるのは、島の中でも才能を見出された一握りの若者だけなのだ。その若者にはなんと数年にわたって日夜、学習(夥しい数の航路を歌で覚える)と訓練が施されたのちに、やっと一人前の航海士になれるという。

その結果、どういうことができたのか。本書からエピソードを抜粋すると、

『彼らは、来たことも無いのにグアム島周辺のあらゆる水道を知っているし、もう存在しない島への航路さえ知ってるんだ。しかもその島がどうしてなくなってしまったのかを説明する神話まであるんだ』

『昔はタブーが良く守られていたからカヌーも宙を飛んだ。トビウオのようにね。落下して水面に触れるやいなやまた飛び上がる。今ではもうカヌーがそんなふうに飛ぶことはなくなった。やってはいけないことをたくさんやっているからね。』

『ある男はマグロを呼ぶ薬を作る。またある男は流木を引き寄せる薬を知っている。潮流の専門家や雷の専門家もいるが、もうそういった技術を使うこともない』

等々。

本書の最後で、ブラウアーがオロパイに「サタワルへの星の歌を歌ってくれないか」と頼むのだが、「歌えるけど、そうしないほうがいい。」と答えるオロパイの姿勢が、まるで滅び行く貴族を見ているようで何とも切ない。